ログイン第九十四話 白衣 土曜日、梅乃は学校で授業を受けていた。 そして講師が最後に 「来週から解剖学をするから白衣を持参するように」 梅乃は紙に書き、来週からの授業を予定していく。 「梅乃ちゃん、帰ろう……」 仲良くなった東郷は梅乃と帰っていく。 「なんだよ、随分と手が早いじゃないか」 茶化す生徒も出てきたが、梅乃は初めての学友となる存在を知ることになった。 吉原に戻ると土曜日は夜見世が忙しくなる。 古峰と三人の禿は走り回って妓女の世話をしていた。 「ただいま戻りました」 梅乃が玄関に入ると、 「梅乃、おかえり」 小夜が出迎えに来ていた。 小夜は新造となったが、引っ込み新造の為に客を取ることが出来ない。 身を隠すのも仕事な為、時間を持て余していた。 そこに岡田がやってきて「梅乃、学校はどうだ?」 と訊くと、梅乃は頭を下げ 「本当に楽しいです。 毎日が医術の勉強で、知らないことも沢山…… 教わっていて楽しいんです」 そして、梅乃が書いたノートを見せると 「随分と書き込んでいるな…… 紙が足らないだろ?」 そう言うと、岡田が部屋から大量の紙を持ってくる。 「岡田先生……」 岡田は吉原の外に出ると、必ず梅乃の勉強に必要な物を買いそろえていた。 「それで、今度の必要な物はなんだ?」
第九十三話 衝撃梅乃は学校に通うようになった。 岡田が稼いで学費を払ってくれている。梅乃は支度を済ませると「梅乃、待って!」 小夜が引き留める。「どうしたの?」 梅乃がキョトンとすると「これ、学校で食べて」 小夜はお弁当を渡す。「どうして……」 梅乃は感動のあまり、身体が小刻みに震えている。「ずっと勉強でしょ? みんなが持っていっているのに、梅乃だけが持っていないんじゃ恥ずかしいよ~」「小夜……」 「ほら、遅れちゃうよ。 これ持っていってらっしゃい」小夜が笑顔で見送ると、梅乃は元気に吉原を出ていった。「さ 小夜お姉ちゃん、大丈夫?」 古峰が聞くと、「大丈夫よ。 古峰だって同じじゃない」二人の朝食の白米を梅乃に分けていたのだ。 少しの白米にして、残したものを おにぎりにして梅乃のお弁当として持たせていた。“ぐうぅぅ……”当然ながら昼見世の前にはお腹が空いて鳴り始める。「あはは…… 鳴っちゃった」 小夜が笑って誤魔化していると「わ 私も……」 二人は笑いながら励まし合っていく。学校についた梅乃は、教室を探している。「ここかな?」 梅乃が教室に入ると、クラスの生徒は大人ばかりだった。
第九十二話 名字「おはようございます……」 梅乃が早くに岡田の部屋に顔を出すと、「あれ?」 岡田は出掛けていたようで、ポカンと部屋を見つめている。「う 梅乃ちゃん、今日も勉強なの?」 古峰が話しかける。 ここ最近、梅乃は勉強ばかりで禿としての関わりが少なくなっていた。「ごめんね、古峰…… 仕事を押しつけちゃって」「大丈夫。 一花たちも頑張っているからさ。 う 梅乃お姉ちゃんが医者になれば、私も花魁になれるから……」 古峰は梅乃に心配かけまいと笑って振る舞うようにしていた。この日、岡田は朝から外出をして吉原から出ていっていた。 三原屋には往診の依頼が来ていたが、梅乃の悪い噂もあり断っている。(死神か…… 確かに多くの人が死んでいった。 赤岩先生や絢も…… 本当に私が医者になって良いのだろうか……)梅乃は筆を止めることなく医術書と向かい合っていた。「お婆、失礼します」 采の所に片山が来ると、「なんだい? どうしたんだい?」「実は……」 片山が采に耳打ちをすると「本当かい? よくやった!」 采の声が響く。“ビクッ―”その瞬間、梅乃の背筋が伸びる。 やはり采の大声には無条件で反応してしまうようだ。「どうしました?」 梅乃が采の
第九十一話 新たな道「さぁ、梅乃。 これを頭に叩き込むんだ」 岡田が医術書を大量に出すと、「はい……」 梅乃は医術の勉強に励んでいく。この医術書は赤岩が残してくれた物だ。(これは難しいな…… でも、赤岩先生が残してくれたんだ)梅乃が勉強に励んでいる時「梅乃、大丈夫かな……」 小夜が岡田の部屋を心配そうに見つめている。 梅乃は岡田の部屋を借りて勉強に打ち込んでいた。 それを見て小夜が変わっていく。 吉原で梅乃の噂話をしている者を見つけると 「医術の知識も知らないクセに、文句を言ってるんじゃないよ!」 小夜が文句を言い出す。 これには采も困っていた。 梅乃の噂話をしている人たち全員に文句を言っていたのだ。 禿だけではなく、妓女にまで食ってかかっていく小夜の行動に呆れていたのだ。 「すみません…… おたくの小夜ちゃんから怒鳴られたって言っていまして……」 これは中見世の遣り手が三原屋に苦情を言いに来ていた。 「すまないね…… 梅乃の事となるとカッときちまうんだよ……」 采は何件もの苦情に頭を下げている。 「小夜!」 つい
第九十話 死神と呼ばれて 明治九年 二月。 寒い吉原に涙の雨が降る。 「寒いから濡れないように」 菖蒲が妓女たちを見送ると 「はい。 いってまいります」 妓女たちは静かに見世を出る。 前日、長岡屋では花魁の喜久陽が亡くなった。 襲名の道中、足を捻挫して梅乃が確認すると梅毒が出てきた。 そのまま床に臥せっていたが、回復することなく他界してしまったのだ。 普通の妓女なら葬儀はしない。 若い衆や主が大八車に乗せて浄閑寺へ投げ捨てていくのだが、喜久陽は一日といえど花魁である。 長岡屋で葬儀が行われたが、坊主を呼ばずに献花だけで済ませた。 「この度は……」 妓女は頭を下げ、三原屋が用意した切り花を置いていく。 「すまないね…… 采さんによろしく言っておくれ」 長岡屋の遣り手が頭を下げると 「お伝えします」 妓女は三原屋に引き返していった。 「次は私たちと一緒に……」 菖蒲と勝来が声を掛けると、禿六人が一緒に向かう。 「梅乃……」 勝来が声を漏らす。 梅乃の表情は暗かった。 (また梅乃ちゃんが責任を感じて……) 古峰がチラッと見て察してしまう。 梅乃が喜久陽の梅毒を見つけた時には手遅れだった。 しかし、梅乃は責任を感じてしまっていたのだ。 (また救えませんでした……)
第八十九話 街の明かり梅乃は大門の前に行き、会所の男性に話をする。「すみません、古峰が……」 梅乃が話すと、 「確かに出ていったな……」 会所の者は古峰が出て行ったことを話す。 三原屋は大見世であり、禿服で判断されていたようだ。「ありがとうございます。 それと、私は必ず戻ってくると三原屋の人に言ってください」そう告げて梅乃は吉原大門を出ていく。 細い道を下り、見返り柳を越すと左右に道が分かれている。(どっちだ……) 梅乃がキョロキョロしていると「お前さん、吉原から逃げてきたのかい?」 年配の女性が話しかけてきた。「いえ、同じ禿の子を探しにきました」 「子って、お前も子供じゃないか」 梅乃が説明すると、女性が切り返す。(むっ―) 少しカチンときた梅乃が、「これと同じ服だと思うのですが、その……」「それなら、アッチ行ったよ」 女性が指をさす。 「ありがとうございます」 梅乃は大きく礼をして走っていった。(元気だこと…… 何でワッチは吉原を出たんだろうね……)女性は吉原を出て夜鷹になってしまった。 元気で綺麗な服を着た禿を見つめ、少しの後悔を感じていく。(どこ? 古峰……)梅乃は走っていく。 吉原を出ると、その周りには小さな露店が並んでいる。 これは吉原帰りの
第四十三話 初恋明治六年 一月。 この日から新暦となった。「なんか新暦って聞くと、違うね♪」 小夜と古峰はウキウキして暦表を壁に掛ける。 以前に玉芳が送ってきた紙である。 「―ッ」 古峰は気配を察して逃げ出すが、小夜は気づかず 「今日から新暦、心が引き締まるな~♪ って……古峰&hell
第三十八話 逆襲「こんにちは~」 梅乃が挨拶をする。この日は赤岩と往診に出ている。「あ~ 梅乃ちゃん、いらっしゃい。 先生もありがとうございます」そう言って、妓楼の中に入れてくれたのは小松崎である。以前、大量の足抜により頭を抱えていた『小松屋』の店主である。梅乃の活躍によって足抜は無くなり、見世を維持できていた。そんな小松屋が三原屋に往診を依頼してきていたのである。赤岩と梅乃が大部屋に入ると 「一列に並んでくださーい」 梅乃は早速、妓女並ばせる。(すっかり手慣れたもんだな……) 赤岩がクスッと笑う。「では、始めます」 赤岩が言うと、梅乃が妓女の服の下を確認していく
第三十三話 紅《べに》冬も終わる頃、昼間の暖かさを感じれるようになってきた。そして、頬に温かさを残している者がいる。片山である。片山は、鳳仙が触れた頬の感触が忘れられずにいた。『ボーッ……』 仕事をしているものの、少しすると鳳仙を思い出しては こうなってしまう。(重症だな……) 禿の三人は、遠目で見ていた。「古峰~ ちょっと……」 妓女のひとりが古峰を呼ぶと「は~い。 姐さん、行きます」 そう言って大部屋に向かう。玉芳が厳しく言ったことから、禿に厳しく言うことは減っていた。古峰も段々と警戒は薄れ、返事も明るくなっていた。(やっぱり玉芳花魁は凄い……) 梅乃の理想は
第二十五話 大門を打つ一八七二年 (明治五年) 江戸の街と呼ばれていた場所は、東京へと名前が変わっていた。ただ、どうしても『江戸』と呼ぶ人もまだ多い。そして、今までの『将軍』と呼ばれる人はおらず、総理大臣と呼ばれる者になっていた。それは、初代 内閣総理大臣 「伊藤博文」である。これは時代が進んだ証であり、髷や刀などといった物が世間から消えていったことである。しかし、江戸の名残《なごり》もあり、変わらぬ文化も存在する。ここ、吉原である。吉原は幕府公認の妓楼《ぎろう》街《がい》であり、存在は江戸から明治になっても存在していた。ここに昔から変わらぬ妓楼も数多く存在している。